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様々な活動に関してお伝えしてまいります。

『われわれの写真’77~’78 Young Eyes no.1』1978年9月1日発行 B4変形判(340x260mm)、本文56ページ、参加143サークル、掲載写真約900点。 集まった写真は約2万5千点、他に個人制作の写真集、ベタ等併せると約3万点を越える写真群。 2号も企画され制作に入りましたが、ポスターの色校正が残るのみで未完となりました。「 …新たなる写真への夢とその実現への可能性を

1970年の大阪万博以降、大阪駅周辺は再開発により近代的な高層ビルや模造の地下街に変身していった。パチンコやゲームセンターの狂気じみた音、歓楽街の酒とごみの匂い、たむろする若者たち。下町には、家内工業の機械の音、露地で遊ぶ子どもたちの元気な声、吹き溜まりのような日雇い労働者たち。人々はうわべを飾り心を閉ざしていく。いろんなものが混在し、日本の坩堝となった大阪の蒼ざめた生を露呈する様を関西の学生たち

長崎

長崎 合宿

 1972年3月に写真集「ヒロシマ・広島・hirou-ʃimə」が出版され、その年7月天理合宿で8.6広島-8.9長崎キャンペーンが提起されました。今から53年前の’72年8月8日、私たちは初めて『長崎』の地を訪れました。そして同年9月に『第一次長崎集団撮影行動』、10月に『第2次長崎』、翌‘73年3月に『長崎特攻』、‘73年8月に『第3次長崎』、’74年夏『第4次長崎』、’76年夏『第5次長

足尾鉱毒事件田中正造記念館に於いて2024年4月から8月末まで田中正造入村120年記念50年前の谷中村写真展を開きました。入館者は記帳してくださった方だけで1100人を超えました。地元ということもあり、スタッフの方の丁寧な説明も加わり来場された方に深い印象を持っていただけたようです。 展示写真を見る

2022年3月16日〜28日に広島の旧日本銀行広島支店にて「1976-1978基町」写真展を開催しました。この間来場者は1594人、ちょうど基町地区にサッカー場が建設されているということもあいまって約50年前の原爆スラムといわれた基町の様子や人を撮影した写真には大きな反響がありました。 展示写真を見る

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